

| keiko katsu - mutekatsuryu 無手勝 001 - 2003/6/12 |
| 子供のころから、そう素直でない性格だった。おしゃまで生意気な失言は数々・・・。まあ小学校低学年くらいまでは小さい女の子の言うことだから、と、なんとか大目にみてもらうことも出来たと思うが、大きくなるにつれてそれが許されず失敗となっていく。3歳のころ、母親と母親の友人宅にお呼ばれをして、その日はそのおば様宅に泊まる、ということがあった。自宅以外に泊まるなんて経験は3歳の私には大冒険だ。興奮して、そのおば様のおうちの子供と夜まで大騒ぎをしてなかなか寝付かなかった。いくら客の子供とはいえ我慢できなくなったおば様は、「もういい加減に寝なさい!」と、雷を私たちに落とした。すると、私はすっくと立ち上がってひるむことなく、「私はこのおうちのお客さんよ。それがお客さんに対する言葉?!」と言い返したらしい。もうのけぞるような出来事である。母親は、ごめんなさいね、ほんと生意気なのよ、この子。口数が減らなくて、と、笑いをかみ殺して謝ったそうだ・・・・・。 一事が万事これ。根本的な性格が、女の子らしいとか、おしとやかなとか、素直なとか、という類から外れているので、大人になっても、自由気ままに勝手に行動すること多々。団体行動などものすごく苦手。食事も楽しめるのは4、5人という単位まで。大勢の打ち上げとか、カラオケなんて苦痛で仕方ない。各局のアナウンサー試験は全部落ちたから、(まあそれがきっかけでフリーアナウンサーになり、結果的に試験を受けた局すべてで仕事してきたから人生なにがいいのかは全くわからないけれど)こいつは組織には向かないのではないかということを面接官はきちんと見抜いていたのだと思う。よかったと思う。フリーで。局アナの子達と仕事をすることも多いから、彼女たちが見た目の華やかさだけではない、組織の中での仕事や、上司との関係に付随する仕事やつきあいなどが沢山あって、異常に忙しいのは、はたから見ていてもわかるのだが、本当にえらいなあと感心してしまう。 |
フリーだと、テレビ番組においては、ひとつの仕事のみの関わり方に集中できる。外部だからと、壁ができることがもちろん障害になることもあるが、慣れあうことなくいい緊張感をもって互いに仕事にのぞめるし、濃厚な身動き取れないつきあいを求められると逃げ出したくなる性格には、今の身分のほうが、保証はないが、あっていると思う。 ・・・・って、こんなことを書くつもりはなくて、なんで、無手勝流というタイトルにしたのか、ということだ。その意味のごとく、自由気ままに日々感じて思うことを書いてみたい、という単純明快なもの。自分自身がそんなものだから。きっと可愛げない内容になるから、セントフォースのイメージを損ねると思いますが、と事務所社長にはいったのだけど、まあいいよ、ということなのではじめることにしました。他の子たちが可愛いエッセイや写真をアップしてるから、そちらで皆様お楽しみくださいね。私はちょっと気ままに・・・・・、もしよければやはり気ままにお付き合いください。おしまい. ???前おきで終わるの??? はい。 すぐに次回をアップします。 |